はじめに
ここ数年、イヤホン市場は驚くほど進化している。以前は「2万円前後のイヤホン」といえば入門〜中級のポジションで、ある程度の妥協を前提に選ぶものだった。しかし今では、この価格帯にも「十分楽しめる」「フラッグシップとは別の魅力を持つ」製品が数多く存在する。
今回取り上げるのは、NiceHCK NX8、LETSHUOER S12 2024 Edition、そしてMoondrop Aria 2の3機種。NX8はブランドの最新ラインナップのひとつとして販売されており、Aria 2も現行モデルとして入手可能だ。一方でS12 2024 Editionは8周年記念の限定モデルで、常時流通しているわけではない。それぞれ異なるキャラクターを持ち、聴き比べると非常に面白い存在だ。
普段はフラッグシップクラスのイヤホンをメインに使っているが、今回はあえてそれらを脇に置き、「サブ機としてどこまで楽しめるのか?」という視点でレビューしてみた。
NiceHCK NX8 ― 多ドライバーの暴れ馬を乗りこなす楽しさ
NX8はダイナミック1基+BA6基+ピエゾ1基の合計8ドライバー構成。派手さを狙っただけの多ドラではなく、意外にもまとまりが良いのが特徴だ。
サウンドの印象
- 低域:DDの存在感が圧倒的。量感と迫力に富み、ベースやキックが前面に押し寄せる。超速ツーバスはやや潰れ気味だが、ノリの良さは抜群。
- 中域:ボーカルが前に出て存在感が強い。寒色寄りでクールな響きがライブ感を演出。
- 高域:BAとピエゾが煌びやかに鳴り、ギターやシンバルを鮮やかに表現。派手さはあるが耳に刺さらない。
長所と短所
- 長所:ライブ感と迫力。派手なノリで気分を盛り上げる。
- 短所:情報量が多い場面ではゴチャつく。超速メタルの低域は追従が難しい。
LETSHUOER S12 2024 Edition ― 精度とキレを兼ね備えたプランナー
S12 2024 Editionは14.8mmプランナードライバー1基という潔い構成。8周年記念の限定チューニングモデルで、従来よりも自然さを意識したサウンドに調整されている。
サウンドの印象
- 低域:サブベースは深く伸びるが量感は控えめ。スピードとタイトさを重視。
- 中域:やや腰高ながら透明感があり、ギターやボーカルの輪郭が鋭い。
- 高域:プランナーらしい伸びやかさでクリア。解像度が高く刺さらない。
長所と短所
- 長所:分離感と定位に優れ、複雑な曲でも崩れない。
- 短所:低域の迫力は弱く、ノリより分析的な聴き方に向く。
Moondrop Aria 2 ― シンプルだからこそ成し得るナチュラルさ
Aria 2は10mmシングルDD。初代Ariaをベースに、低域の沈み込みと高域の滑らかさを強化した現行モデルだ。
サウンドの印象
- 低域:粒立ちが良く自然。沈み込みが強化され安定感がある。
- 中域:ボーカルは自然でバランスが良い。長時間でも聴き疲れしにくい。
- 高域:穏やかで耳当たりが柔らかい。シャリつきが抑えられた。
長所と短所
- 長所:自然でバランスが取れている。普段使いに向く。
- 短所:派手さやインパクトは弱い。盛り上がりに欠ける。
試聴環境について
試聴はすべて iBasso DX340 を使用し、ゲインは Low、出力は4.4mmバランス、フィルターは標準設定。
DX340は駆動力に余裕があり、Lowゲインでも各イヤホンのキャラクターをしっかり引き出せた。
音量の取りやすさ
体感では NX8 > Aria 2 > S12 2024 Edition の順。
- NX8は感度が高く、小音量でもしっかり鳴る。
- Aria 2も比較的ドライブしやすく、スマホ直挿しでも扱いやすい。
- S12 2024 Editionはプランナーらしく、同じ音量を得るにはボリュームを多めに上げる必要があった。
曲別聴き比べ
DragonForce – Through the Fire and Flames
- NX8:低域は量感豊かだが潰れ気味。中域は派手でライブ感強め。高域は冷たく煌びやか。
- S12 2024 Edition:低域はタイト。中域は明瞭でギターが際立つ。高域は伸びやかで刺さらない。
- Aria 2:低域は自然。中域はナチュラル。高域は穏やかで聴きやすい。
BABYMETAL – Kon! Kon!
- NX8:低域が迫力満点。中域は力強く前に出る。高域は煌びやか。
- S12 2024 Edition:低域は速くタイト。中域は鋭い切れ味。高域は粒立ち鮮明。
- Aria 2:低域は控えめ。中域は自然。高域は耳当たりが柔らかい。
BABYMETAL – KxAxWxAxIxI
- NX8:低域の厚みで押す。中域は荒々しく前に出る。高域は派手で刺激的。
- S12 2024 Edition:低域は整理され、スピード感を損なわない。中域はリフが鮮明。高域は解像度が高い。
- Aria 2:低域は落ち着いて控えめ。中域は柔らかく自然。高域は滑らか。
BABYMETAL – White Flame -白炎-
- NX8:低域が熱量を押し出し、中域も荒々しい。高域は煌びやか。
- S12 2024 Edition:低域はタイト。中域は透明感。高域は壮大さを演出。
- Aria 2:低域は適度。中域は柔らかい。高域は穏やか。
星街すいせい – ビビデバ
- NX8:低域が元気で打ち込みに合う。中域はボーカルが前に出る。高域は冷たくデジタル感が強い。
- S12 2024 Edition:低域はタイト。中域は透明感。高域は鋭く抜ける。
- Aria 2:低域は自然。中域はナチュラル。高域は落ち着いて聴きやすい。
YOASOBI – アイドル
- NX8:低域が派手で迫力。中域は華やか。高域は詰まり気味になる場面も。
- S12 2024 Edition:低域は整理され、中域はスッキリ。高域は疾走感を描く。
- Aria 2:低域は控えめ。中域は自然。高域は疲れにくい。
3機種の比較と位置付け
今回取り上げた3機種は、価格帯こそ近いものの、方向性はまったく異なる。実際に聴き比べてみると「同じ音楽を違うレンズで見ているようだ」と感じるほどキャラクターがはっきりしていた。
- NX8 は「ライブ会場の最前列に立っている感覚」に近い。低域が前に押し寄せ、ボーカルもぐっと近い距離感で迫ってくる。派手でエネルギッシュな音作りは、アドレナリンを求めるリスナーに最適だ。荒削りな部分もあるが、それこそがNX8の魅力であり、完成度よりも“楽しさ”を優先したイヤホンだといえる。
- S12 2024 Edition は「ミキサー卓の前で曲を細かく確認している感覚」に近い。定位や分離感が非常に優れており、どの楽器がどの位置で鳴っているかがクリアに見える。速い曲でも破綻せず、分析的に音楽を楽しみたい人にとって心強い選択肢になる。迫力は控えめだが、代わりに冷静さと精度を手に入れている。
- Aria 2 は「リビングで自然に音楽を流している感覚」に近い。低域はしっかり沈み込むが出しゃばらず、中域も高域もナチュラル。派手さはないが、疲れにくさと自然さで日常に溶け込む。普段使いの一本としては最も安心感があり、長時間聴いても耳が休まる。
この3機種を並べると「どれが優れているか」ではなく、「どんな気分で音楽を聴きたいか」で選ぶべきだと実感する。NX8はノリと勢い、S12 2024 Editionは精度と分析力、Aria 2は自然さと快適さ――まるで三色の絵の具を持っていて、その日の気分で色を選ぶような感覚だ。
フラッグシップとの比較とサブ機の意義
フラッグシップイヤホンと比べれば、今回の3機種が絶対的な解像度や音場の広さで及ばないのは当然だ。だが、それは「劣っている」という話ではなく、「違う価値を持っている」ということだと強調したい。
フラッグシップは完成度が高く、音の弱点が少ない。すべてをそつなくこなし、ハイエンドの音体験を保証してくれる。しかしその完成度の高さが、ときに“遊び心の余白”を奪ってしまうこともある。完璧な音は安心感を与えてくれる一方で、驚きやクセといった刺激は少なくなる。
その点で、サブ機には独特の役割がある。
- NX8 のように低域が暴れ気味であっても、その荒々しさは「ライブの熱気」を疑似体験させてくれる。
- S12 2024 Edition のように迫力が控えめでも、その精度は「楽曲の構造を見通す楽しみ」を与えてくれる。
- Aria 2 のように地味に感じても、そのナチュラルさは「生活に音楽を溶け込ませる安心感」をもたらしてくれる。
つまり、サブ機はフラッグシップの代用品ではなく、フラッグシップでは得られない体験を補完する存在なのだ。
気分やシーンによってイヤホンを使い分けることは、音楽の楽しみを多層的にしてくれる。今日は迫力ある低域でテンションを上げたい、明日は冷静に楽曲の細部を観察したい、休日の午後には肩の力を抜いて自然に音を流したい――こうしたシーンごとの選択肢を広げてくれるのがサブ機の意義だと思う。
結論として、フラッグシップとサブ機は対立するものではなく、補完関係にある。フラッグシップが「安心感」を与える存在だとすれば、サブ機は「自由」と「刺激」を与える存在だ。今回の3機種は、その関係性を如実に体現していると感じた。
まとめ
今回取り上げた3機種は、いずれも価格以上の個性と魅力を持つイヤホンだった。
- NX8:ノリと迫力で「遊べるイヤホン」。
- S12 2024 Edition:精度とキレで「聴き込めるイヤホン」。
- Aria 2:自然さと安心感で「普段使いできるイヤホン」。
サブ機の魅力は、単に価格が手頃だからではない。フラッグシップにはない“余白”や“遊び心”を楽しめる点にある。旅行先で気軽に楽しむならAria 2、ライブ映像で盛り上がるならNX8、細部まで聴き込みたいときにはS12 2024 Edition――その日の気分に合わせて選べるのが最大の強みだ。
結論として言えるのは、**「サブ機遊びに正解はない」**ということ。むしろ正解がないからこそ自由で楽しい。今回の3本は、その自由さを存分に味わわせてくれるイヤホンだった。
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