はじめに
一年の中でも、夏の終わりから秋の始まりにかけての時期は独特の空気をまとっています。昼間はまだ強い日差しが照りつけ、汗ばむほどの暑さを感じる一方で、夜になると涼しい風が吹き、季節が確実に移ろっていることを実感します。この「残暑と秋風が同居する曖昧な季節」にどんな香りを纏うかは、香水好きにとって大きなテーマのひとつです。
真夏のようにシトラス一辺倒では物足りず、かといって冬のように重厚なスパイスやアンバーではまだ早い。軽やかさと深み、その両方をバランスよく含む香りこそが、晩夏から初秋にふさわしいフレグランスだと私は思います。香水はただの装飾品ではなく、時間や空気を「香り」で切り取る装置です。だからこそ、季節の変わり目に適した香りを選ぶことで、日常そのものがより豊かになります。
今回は、私自身が晩夏から初秋にかけて愛用している5本を紹介します。いずれも季節の移ろいを映し出すように、夏の余韻と秋の予感を絶妙に織り交ぜた香りです。
Loewe – 001 Man オードゥ トワレ
まず最初に紹介したいのは、ロエベの「001 Man」。派手さはなくとも、季節の変化にそっと寄り添うような香りです。
この香水を支えるのはラベンダー、サンダルウッド、ムスク。立ち上がりではラベンダーの清潔感とハーバルな爽やかさが広がり、まだ暑さが残る日中にもすっと馴染みます。時間が経つにつれてサンダルウッドがまろやかに香り、夏の明るさから秋の落ち着きへと空気が移ろう感覚を自然に演出します。最後にムスクが肌に溶け込むように残り、柔らかく包み込むような余韻を漂わせます。
真夏にはやや控えめに感じられるかもしれませんが、晩夏にはこの奥ゆかしさがちょうどよい。日中の清潔感と夜の落ち着きを一本で表現できる、万能な香りです。
Neal’s Yard – フランキンセンス オードパルファン
ロエベの透明感を楽しんだら、次に試したいのは少し深みのある香り。ニールズヤードの「フランキンセンス」は、夏の名残の熱気を静かに落ち着かせ、夜に寄り添うような香りです。
トップではライムやベルガモットの柑橘とネロリの明るさが弾け、ピンクペッパーがアクセントを加えて透明感のあるスパイスが広がります。やがてフランキンセンスが現れ、ラベンダーとスパニッシュマジョラムのアロマティックな深みが重なります。ベースにはパチュリやベチバーがアーシーな安定感を与え、さらにミルラとコパイバが温かくスモーキーな余韻を残します。
この香りは特に夕暮れ以降に映えます。昼間の熱を冷まし、夜風の中で心を落ち着かせる。晩夏から初秋の「日中と夜の空気の切り替わり」を体験できる香水です。
Hermès – 地中海の庭 (Un Jardin en Méditerranée)
続いて紹介するのは、夏と秋のちょうど中間を象徴するような一本。エルメスの「地中海の庭」です。
中心となるのはイチジク、セイヨウキョウチクトウ(オレアンダー)、グリーンレンティスク。最初に香るフィグリーフの青さは、残暑の午後に涼やかさを与えます。そこにオレアンダーの花が柔らかさを添え、最後にはレンティスクの樹脂的でウッディなトーンが広がって落ち着いた余韻へと導きます。
太陽の下では爽やかで、夕暮れや夜風の中ではしっとりとした深みを感じさせる。夏の明るさと秋の静けさの両方を併せ持ち、季節の移ろいをそのまま香りに閉じ込めた一本です。
Parfum Satori – 苔清水
海外ブランドの香りが続いたところで、日本的な感性を味わえる一本を紹介します。大沢さとり氏による「苔清水」は、海外にはない繊細な美意識を体現した香りです。
立ち上がりはレモンやベルガモットのシトラスにハーブが重なり、蒸し暑さを和らげる透明感を放ちます。やがてミュゲ(スズラン)とジャスミンが清らかに咲き、派手さのない穏やかなフローラルを演出します。ベースではムスクやウッディ、モス、パチュリが加わり、苔むした庭園に清水が流れるような静謐な余韻を残します。
自然の中に身を置いているような感覚を与えつつ、控えめで繊細。晩夏から初秋の日本的な空気を香りで味わえる希少な一本です。

Diptyque – フルールドゥポー (Fleur de Peau)
最後に紹介するのは、肌に溶け込むような柔らかさを持つ香り。ディプティックの「フルールドゥポー」です。
トップではベルガモットの明るさに、ピンクペッパーの軽快なスパイスとアンジェリカのグリーンなニュアンスが重なり、独特の奥行きを生み出します。やがてアイリスとローズが上品に広がり、穏やかで優雅なパウダリー感を漂わせます。ベースはムスクとアンブレットがしっとりと肌に馴染み、アンバーグリスが温かみを与えて包み込むような余韻を残します。
夏の軽やかさを残しながら、秋の始まりに漂う切なさを感じさせる香り。昼間は清潔感を、夜には柔らかく温かみのある雰囲気を纏える、季節の締めくくりにふさわしい一本です。
まとめ
晩夏から初秋は「爽やかさ」と「深み」を同時に必要とする季節です。ロエベの001 Manは清潔さと落ち着きを両立させ、ニールズヤードのフランキンセンスは日中と夜の空気の切り替わりを映し出します。エルメスの地中海の庭は夏と秋の交差点を表現し、パルファンサトリの苔清水は日本的な静謐さで残暑の湿度を和らげます。そしてディプティックのフルールドゥポーは肌に溶け込むような優しさで、この短い季節の揺らぎを優しく包み込みます。
香水は単なるフレグランスではなく、季節を感じ取るための感覚装置でもあります。服を着替えるように香りを切り替えることで、残暑と秋風が交錯するこの時期をより深く味わうことができるでしょう。季節の曖昧さや揺らぎを香りで楽しむことは、日常を豊かにし、心に余白をもたらします。
今回紹介した5本は、どれも晩夏から初秋という季節を象徴する香りです。ぜひ自分の肌で確かめ、この短いけれど印象深い季節を香りとともに楽しんでみてください。
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